2014年02月21日

二月の歳事

福娘イメージ

節分の豆撒きは、邪や穢れを鬼と形象化してそれを追い払い身の安全を願う伝統の歳事。日本人は古来から鬼を豆に託して「鬼は外」「福は内」と唱え豆撒きを行ってきました。

我が家でも例年の如く今年もまず神様に豆を供え拝したのち主人が勢いよく福豆を撒き、清々しく寒明け4日の立春を迎えました。

今年は午年。48年前の午年の立春の朝、長女は元気に産声を上げました。胎児は十月十日(とつきとうか)の間に10億年の進化を反復して人の姿にまで成長すると言われますが、まさに偶然と奇跡によってこの世に生を受けた吾が子がとても愛おしく、神様から神聖な宝物を頂いたようで、感謝と共に身の引き締まる思いでいっぱいであったことを覚えています。

岡先生書籍イメージ

待望の初孫誕生に主人の父や母の喜びはひとしおで、主人は蔵書の中から胎教や子育てのための様々な本を選んでくれました。松田道雄著「赤ちゃんのからだ」〜婦人の友社〜は発育過程の様々な出来事に明解な解説がなされており随分と役立ちました。

また、数学者で随筆家でもある岡潔先生(明治34年〜昭和53年)の「春宵十話」には深く共感し、陣痛が激しくなる直前まで読んでいました。その中に書かれていた「人の情緒というものを呼び覚まし育ててゆくことが重要である」という先生のお考えは私の子育ての重要な柱ともなりました。

現代の日本社会は、いまや西洋型の論理的思考の文化に押され情緒思考の日本文化が片隅に追いやられてしまっているように感じます。頻発する幼児虐待など痛ましい最近の報道を聞くにつけ、岡潔先生の「情」の哲学の重要性をいまさらながら再認識し、子を授かり育て上げてゆく過程において人間としての精神生活の豊かさこそが最優先されるべきではないかと痛感する毎日です。

近年上梓された岡先生の「憂国の随想集」の巻頭には現代日本の凋落を予見し警鐘を鳴らすかのごとく「日本民族の滅亡だけは何としてでも喰い止めたいと思う」と記されています。奇しくも2月11日は紀元節(昭和23年に廃止されたが昭和41年建国記念の日として復活)。今の世相と相まって改めて深く考えさせられる2月の歳事でした。

    


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2014年01月31日

寒の内

寒椿

毎年小寒から立春までの「寒の内」は一年の中で寒さが最も厳しい時期です。我が国ではこの厳寒を衣食住の中に活用した先人たちの知恵が豊富に受け継がれています。例えば寒仕込みと言う言葉もあるように、醤油や味噌、日本酒などの伝統の発酵食品の仕込みもこの時期が最盛期。また寒気にさらして作る凍み豆腐や寒天、寒干し大根、魚の寒干し等々枚挙に暇がありませんが、漢萌においても毎年歳初めは寒の水で美容水いぶきを搾ることから作業を始めます。

美容水いぶきは社長の三戸唯裕が長年かけて万人に“効く”ことをコンセプトに商品化した製品。これもまた寒い時期に一日何度も煎液を搾る職人たちの肌が釜から立ち上る生薬の湯気に触れて活き活きと輝いているのにふと気づいたのがきっかけでした。発売当初は一滴一滴大地の恵みが息吹くように搾られることから大地の化粧水いぶきと命名されました。

またこの時期いぶきの搾り出しとあわせて多忙を極めるのが蔵出しした化粧水の自然濾過。自然濾過は漢萌でその研究に最も時間を費やした秘伝の方法で、20年近くにわたり熟成を重ねて膨らんだ自然のいのちを損なうことなくキラキラと輝きのあるクリアな化粧水へと仕上げる寒仕上げの技です。この技術は現代科学に則ったスキンケア化粧品の製造概念では全く考えも及ばないような独自のノウハウですが、漢萌の自然美容料造りには欠くことのできない唯一無二の方法なのです。

loka1.jpg

自然に従い、自然から学び培った知恵を生かし、手間暇かけてじっくりと育て上げてゆくいのちの美容料造りを後世へと伝えてゆくことこそ我が社の大切な使命であると心新たにする寒の内のひと時です。



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