2014年02月28日

試練の春

紅梅白梅

梅 是 百 花 魁(さきがけ)

百花にさきがけ厳しい冬を耐えて咲く梅の花は気高くその香りは清らかな早春の香りです。
学問の神様である菅原道真を祀る天満宮には厳しさに耐える試練を映すがのごとく梅の花が満開です。

祈願せし湯島に北野梅見頃 ─ 純子

思い起こせば旅の先々で天満宮にお参りし、合格祈願をしたものです。

今年も国公立大学の2次試験が既に始まりその試練は佳境を迎えているようです。受験は人生で自分の実力を試す最初の試練でもあります。私の娘二人も中学受験に挑みました。

当時は今と違い進学校に進む子供は1割にも満たない時代でしたが、久々に同学年の男の子をもった友人に出会い、彼女の教育熱は高く子供たちには上を目指すチャンスを与え、チャレンジさせるべきとすすめられたのをきっかけに5年生の後期から進学塾に通わせました。

新聞記事(お嬢さん)

写真は35年前「運まかせ、厳しい試練の春」と題して国立大学の付属中学校入試の最終抽選でたまたま次女がくじを引いている場面が新聞にとり上げられた時の記事。孫のことが新聞に載ったからと夫の母がとっておいたのか、セピア色の新聞が残っていました。姉妹共に抽選ではずれ悔しい思いをしましたが私立の進学校へと進みました。

その学校は勉学はもとよりカトリックの精神で人間教育にも重きを置く中高一貫教育の女子高。成長著しい一番多感な時期を県内の様々な小学校から集まった多彩な才能をもった人たちの中で勉強やクラブ活動に切磋琢磨し、友人との語らいに豊かな時間を過ごすことができたことを50歳近くなった今、当時を述懐しながらありがとうと言ってくれました。あの時友人に出会えたご縁も幸運でした。

一点に笑い一点に泣く受験はまさに悲喜交々ですが、精一杯努力した事は一生の宝物です。ソチオリンピックでも沢山の感動のドラマを見せてもらいましたが、これまでの選手たちの並々ならぬ努力をおもんばかり心から賞賛の拍手を贈りたいものです。



posted by ハルカ at 15:22| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月10日

年の始めに

掛け軸
正月も日は東より出て鳥はかあーと鳴く

厳寒に年始を迎え自然の寒さの中で身を引き締めて自省の心を持つ―。

古くから日本人にとってお正月とは自分自身を見つめ直すチャンスでもあります。

今年は午年。女学校卒業時先生方に書いて頂いたサイン帳の中で公民の男の先生からのメッセージは「突っ走った馬も時に落馬し 〜 後ろを振り返る。そして立ち止まるゆとりを持つように」と書き残して下さいました。これはこれまで事ある毎に幾度も思い返してきた深く心に残る言葉です。それにしても昔の先生は生徒一人ひとりを実によく見ておられたものだと活発だった当時の自分に苦笑しながら午年にあらためて有難く思う次第です。

私が小学生の頃は御題が出され、正月二日に書初めをすることが行事となっていました。五年生の頃の担任の先生は昨年の大河ドラマ「八重の桜」の主人公「八重」にも似た“銃後の守り”を担う女性のようなイメージで、その先生にお習字を習ったことが今も鮮やかに思い出されます。なぎなたがお得意で、袴に鉢巻たすき姿の凛々しい出で立ちが大変印象的な方でした。

当時の授業には凛とした礼儀作法と先生を敬う心がありました。まず始業時に机にお道具一式を用意し、新聞紙と半紙二枚を準備し瞑目して先生の来られるのを待ちます。先生が入られ礼をし、明治天皇御製の「鏡には うつらぬ人の まごころも さやかに見ゆる 水茎のあと」を詠い終わると静かに墨を磨ります。次に「練習しなさい」との声がかかると新聞紙を下敷きに半紙一枚で練習。最後に清書となり下敷きを替えて後の一枚に集中して筆を運びます。清書後は練習の半紙で筆の墨をなぞり、皆が書き終わると硯を新聞紙で巻いて持ち帰る。作法も含めて実に整然とした授業でした。

最近は音楽にあわせながら集団で書初めを行ったり、大筆でパフォーマンスを行ったりする様子をよく見かけます。正統と流行という二元論で見るべきではないのでしょうが、良し悪しは別として日本人独自の濃やかな精神性や感受性をこれからも残して行って欲しいものです。
馬土鈴
追記 私の部屋にはきまりごとなしで月ごとに飾りつけを楽しんでいます。一月は今年の干支にちなみ馬の土鈴を飾ってみました。

posted by ハルカ at 15:54| Comment(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月20日

愛犬と過ごした日々

チコちゃん
愛犬チコ

家族の一員として毎日幸せに暮らしているペットたち。かたや環境省の発表によればここ広島県は犬猫の殺処分が全国ワーストワンと報じられていた。

捨てる神あれば拾う神ありとはよく言ったもので、毎年この時期になると知人宅に迷い込んだ一匹の犬のことを思い出す。それはある年の寒いクリスマスイブの日に勝手口を開けると一匹の弱ったダルメシアン(ディズニー映画101匹わんちゃんで有名)がうずくまっていた。声をかけるとその犬は人懐こそうな目で見つめ何かを訴えているようだった。

寒空の下を幾日も迷い歩き腹をぺこぺこにしているのではないかと心配し食べ物を与え、奇しくもやってきた日がクリスマスイブだったことから「神様から届いた可愛い贈り物に感謝します」との気持ちを込めてメリーと命名し、家族の一員として優しく迎い入れたという。心温まる犬物語に感動しいつもクリスマスが近づくとあの幸せなメリーは今も元気かと想う。

我が家で飼ったペットは、夫が散歩中後ろから人懐っこくついてくる野良犬を「犬は安産だから」と身重の私を気遣い連れ帰ったのが最初だが、その犬は既に盛年期を過ぎていたため飼い始めて六年余りで今生の別れとなった。

二匹目は保健所から殺処分寸前のところを貰い受けた。収容された多くの犬たちは自らの運命を知ってか飼い主になってくれるだろう人間に懸命の叫び声を上げるのだが、その中から一際一生懸命に私をじっと見つめ哀願してくる仔犬を心苦しくも選び連れ帰った。そしてその仔犬を「チコ」と名付けた。やがてチコは成犬となり四匹の仔犬を出産しその成長の過程は家族中を心豊かに和ませてくれた。

仔犬貼紙
25年前の仔犬たち

四匹の仔犬は近くのスーパーに里親募集の張り紙をさせてもらいそれぞれ犬好きの飼い主の元に引き取られて行った。そしてチコは12年と半年を我が家の一員として暮らし、最後は家族全員に見守られながら静かに息を引き取った。

チコと過ごした12年余りの歳月は会社の仕事も家庭もすべてが全盛期であった。今思えば忙しい中、仕事を終えてからのチコとの一時間の散歩はまるで親子の時間を過ごすかのように大変満ち足りたものだった。親と子の愛がそうであるように、ペットを育てることもまた無償の愛に違いない。

いま我が家の玄関には高山寺の「上人遺愛の犬」のレプリカを置いており、主人はそれをワン太郎と呼び朝な夕な頭を撫でている。また居間のテレビの横にはぬいぐるみのチコが今も私たちと一緒にいる。そして奥の部屋の廊下には銅製のドーベルマン君が番犬として鎮座し私たち老夫婦を見守ってくれている。
posted by ハルカ at 15:35| Comment(1) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。