2013年11月22日

社長とのご縁そのA

社長(飛行機搭乗)

一昨夜、森鴎外と夏目漱石の二人の文豪作品を通して「恋の罪」について語るテレビ番組を見ながら、米寿も近い主人に「恋をされたことがありますか」と問いかけてみました。すると主人からは真面目な顔で「恋は無い。日々戦いを如何に成すべきかという自問に明け暮れる毎日だった」との返事が。

文武両道で育ち、幼い頃から連合艦隊司令長官になることが夢で昭和16年12月1日にあこがれの海軍兵学校に入校。その後わずか一週間後に太平洋戦争が勃発すると「気合を入れろ」の号令のもと教練はにわかに苛烈を極め、教導期間を半年早めて卒業し天皇陛下の拝謁を受けた後実戦部隊に配属された。戦局は次第に厳しさを増し、戦いに心血を注ぐも兵器も乏しくなり負け戦は悔しく悲惨であったと述懐している。青春はまさに生死を賭けた戦いの真只中にあった。

戦後の社長の生き様も全てにおいて戦いと同じ向き合い方であったと思います。結婚当時、主人は経営戦略研究所を立ち上げ家電量販店のコンサルタントとして特に力を注いでいたのが若手社員の教育です。その手法はまさに戦いそのものの様相を呈していました。

企業戦士

しかし、その過酷なまでの教育訓練において若者は皆純粋であり、真摯であり、意気に感じて一途に付き従ってくれていました。それは言葉を変えればひたすらに道を極めようとする若き戦士たち。

私自身も彼らと共に春には一燈園で研修、夏には禅寺で一週間の接心に参加し同志でもありました。“教練”という言葉はあまり適当ではないかも知れませんが、私にとっての仕事場は道場であり、心身修養の場であり、そして自己を実現するための場でもあったのです。

次回へつづく




posted by ハルカ at 17:03| Comment(1) | ご縁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月20日

社長とのご縁その@

三戸夫婦
社長との出会いは私が助手として勤務していた大学の教授からのご紹介がきっかけでした。当時の社長は青年将校だった頃を彷彿とさせるような厳しい面持ちで、まだ母校へ帰って三年目の私には、結婚に踏み切るべきか学校に残るべきか正直戸惑いはありましたが結局嫁ぐ道を選択しました。しかしその頃の私には結婚後に待ち受ける様々な試練や苦難を全く想像することはできなかったのです。

三日間の新婚旅行を終えて三戸家での暮らしが始まりました。夫の母とは面と向かって話しをするのは初めてで、家族の事、家での決まり事など諸々を話され、それから一週間は折々に三戸家流家事についての教習。その内容は大変几帳面な母らしい発想で全く理にかなったものであると思いつつも当時はその全てを素直に受け入れることはできませんでした。その後25年共に生活を重ねるうちに、姑は三戸家の礎であるとともに私にとって大切な母でありまた掛け替えのない人生の師となって下さいました。

三戸家での生活にようやく慣れてきた頃、春まだ浅い京都の山科にある一燈園へ二泊三日の研修旅行へ参加しました。一燈園は、西田天香さんが始められた争いの無い生活を実践する団体で、個人は勿論の事、企業や団体研修の場としても門戸が開かれており、夫の方はそれまで何度か経験していましたが、私は何の前知識もないまま参加したのでした。
一燈園
すべてが澄み切ったように感じられる一燈園は人間の「智」や「徳」を研鑽するには正に最適な場所で、朝課・晩課のお勤めとともに、六万行願(他家のお便所を掃除させていたただく)や路頭(近隣を回り無報酬で仕事をさせていただく)などがあり、まず拝む(手をあわせる)、そして逃げないことなど奉仕の根本を学びました。何度かつまずきそうになりながらもやっと二つの課題を果たすことができ貴重な精神修養となりました。

追記

昨夜は満月で迎える中秋の名月。久しぶりに夫と新婚当時のことについて語り合いながらお月見をいたしました。主人曰く「日本は四季があるから素晴らしい。日本人ならではの濃やかな情感や感性は四季によって培われたのだ。人生にも四季があり、喜怒哀楽すべてが味わえることは総じて素晴らしいことだと思う」と。人生を四季で捉えると歳を重ねることが愉しくさえ思えてくるお月見の夜でした。

posted by ハルカ at 15:28| Comment(0) | ご縁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月10日

花芙蓉に想う

花芙蓉
花も葉もやわらけく咲く花芙蓉 ─── 純子

初秋にかけて花芙蓉の絵を飾ります。その絵は50代にさしかかり心身ともに疲弊しきっていた頃、学生時代に登った大山北壁を再び見たくなり、一人旅に出たその先で出会った日本画家の方に弟子入りして初めて描いた作品です。淡い紅の大きな花びらを秋の陽にひらひらと咲き、わずか一日で萎む儚さも愛おしく思いこの花を描きました。

学生時代に初めて見上げた大山北壁はその迫力にただただ身のすくむ思いでしたが、35年近く経って訪れた北壁は風雪に耐え、さらに荒々しく梳られ堂々とした姿で私を圧倒しました。私は胸が熱くなり思わず手を合わせたのでした。

ハチク

私に絵の手ほどきをして下さった先生は院展で連続入選されている院友で、経歴・実績ともに実にご立派な日本画家の方でしたが宿で旅のお話などしているうちにすっかり仲良くしていただき、有難いご縁をいただくことになりました。それからは仕事の忙しい中、時折1〜2時間程度にわか画家になりきって絵筆をとり、いつしか仕事にも心のゆとりを持てるようになっていきました。

会社の玄関には先生の淡竹(ハチク)の絵が飾られています。これは雨後の筍のように栄えるようにとの思いを込めて下さったものです。「人生はちょっとした奇遇である」という名言もありますが、ふとした偶然の出会いで貴重な人生の糧をいただいたことに今でも感謝の気持ちで一杯です。
posted by ハルカ at 16:07| Comment(0) | ご縁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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