2013年08月30日

漢萌化粧水の歩み

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初代化粧水「リキッド」の容器金型

昭和42年に本社を広島から東京に移し社長の活動の場は大方東京になりました。一方広島工場は製造他全てを私が担うことになりました。当時はまさに高度成長の真っ只中、スタッフは皆個性に富んだ女性ばかりでそれぞれの担当分野に才能を生かし職場は活気に満ち溢れていました。

会社の黎明期には糠袋製造技術の向上に明け暮れる毎日でしたが、それに続き化粧水製造への取り組みが始まりました。来る日も来る日も生薬を煎じる〜煎液を絞る〜布ごしし一定量まで煮詰める〜天然酒精を加える〜一升瓶に分注するという作業の連続でした。化粧水の製造に当たっては社長から二つの指示を受けていました。ひとつは製造過程の中で徹底的にアクを丁寧に取り除くこと。そしてもうひとつは10年以上蔵で寝かせ(熟成させる)たものを商品として出せるよう生産計画を立てることでした。

そしてそれから10年後の昭和52年、商品名「リキッド」として遂に市場に出荷する日が来ました。長い長い歳月を費やした化粧水の封印を解く瞬間の喜びは本当に何者にも代え難いものでした。当時は製造法についての課題はまだまだ残されていましたが、社長からの教えを忠実に守って造った化粧水は長い年月を経て薫り高く浸透力抜群の製品に仕上がっていました。

以来、リキッドから明潤〜潤々〜明へと製品のバリエーションが広がり、お肌質や季節に合わせて選べるラインナップが充実していきました。化粧水としての役割は勿論のことですが、お手入れの最後に2〜3滴両手でお顔を包み込むようにつけ深呼吸すると芳醇な自然の香りに包まれ癒されます。現在熟成を重ねている化粧水は、自然がまだ豊かで高品質の原材料が豊富に手に入った昭和から平成のはじめにかけて蔵入りしたものです。合理的製造方法によって大量生産される現代のスキンケアコスメとは異なり、不器用なまでも手間隙かけて育て上げる漢萌製品は世界でも唯一無二の純粋自然美容料であると自負しています。
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posted by ハルカ at 15:31| Comment(3) | 漢萌と私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月02日

米糠の思い出

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漢萌は昭和38年創業、来年で50周年を迎えます。私も漢萌と共に歩んだ長い道程でもありました。思い起こせば日本女性の素肌美(白くキメ細かくふっくらとした柔肌)をテーマに、当社社長はあらゆる美容と健康の歴史資料を紐解き、米糠を主体に日本伝統の生薬を組み合わせて日本女性の肌にもっとも相応しい和漢方美容料(糠袋)を復刻させたのが我が社のスタートです。

それ以来、明けても暮れてもひたすら研究と試作に明け暮れる日々でした。社長の一切の妥協を許さぬ姿勢は終始一貫して変わらず、製造の現場へ次々と投げかけられる課題は大変ハードルが高く、それに応えることは並大抵のことではありませんでした。

初めての試練は米糠をとおしにかける作業だったのですが、米糠は米の産地、銘柄、干し方、季節の温度・湿度、米の搗き方によってその性状は一様ではありません。当然とおしにかける際の量や力の入れ具合などはその時々に応じて調整する必要があり、どのこし具合のものが糠袋に適するか、化粧水に適するかなど日々試行錯誤の連続でした。そして多くの経験を重ねるうちに私なりのノウハウが確立され今へと継承しています。

米糠とは言わば米のカスですが、手に触れ日々変化していく様を見ると米糠にふつふつとした“いのち”を感じた瞬間でした。大切に手塩にかけて育て上げ糠袋を商品として世に送り出した第一歩になりました。この時の多くの経験がその後発売される当社の醗酵美容料の原点とも言える薬草糠袋「漢邦」へと結実することになります。
posted by ハルカ at 16:51| Comment(0) | 漢萌と私 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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